COMTENTS MENU
 
天気(帯広)
全国の天気

WWW を検索
yumefuruya.com を検索
当サイトの閲覧には以下のプラグインが必要になります
第1章 〜序幕〜

平成13年8月14日。この日で一つの歴史が幕を閉じた。「けんかみこし」。 帯広平原まつりの初日の最大イベント。この平原まつりの中心イベントが十数年の歴史を刻み、様々な感動、興奮を市民の胸に刻んできたのはいうまでもない。
平成13年(第54回)のまつり終了後、実行委員会は壁にぶち当たった。「けんかみこし」のあとをどうするか。各委員から様々な意見が出た。その中で十数名の委員全員が納得した意見があった。「若い世代がいない」まさしくそうであった。50年以上続いている平原まつり。そこには古くからまつりを支える人がいても、新たに入ってくるいわゆる「玄関」が存在していなかったのだ。しかし、どうやって周知しどうやって集めるか・・・・。
実行委員会と事務局とで長い時間検討した結果、一つの団体に声をかけてみようということとなった。その団体とは「よさこいソーラン十勝支部」。今や、その活動人口は何万人。 本祭と呼ばれる札幌での人出は何百万人。
札幌市の最大イベント「雪まつり」と肩を並べる大きなイベントである。そのよさこいソーランを行っている団体が集まっているのが、同支部であった。早速、実行委員会が平原まつりへの参加を打診すると、「協力します」との返事を頂いた。その日からが「夢降夜」構築の為の戦いの始まりであった。

第2章 〜初年度〜
第1章で説明したとおり同支部の協力を仰ぐということで、同支部有志が集まり、事業の推進を図る為の「プロジェクトチーム」が立ち上がった。そこで様々な意見、案が出たがなかなかうまく前へ進んでいかない。それはその通りだった。「よさこいソーラン」を手がける彼たちにとって「平原まつり」は未知の世界。どうしたらいいのか。チームのメンバーも事務局も頭をかかえていた。しかし、まつりの日程は変わらない。日1日と迫ってくる。しかし、この時、大きな問題が起きてしまった。それは「本祭」が6月であるということ。4月初旬から行っていた「プロジェクトチーム」の会議を開催しても数名ということが多くなってきた。いよいよ切羽が詰まってくる。「本祭」に出場しないメンバーがやるしかなかった。なんとか形が見えてくる。音と踊りの融合。これが彼らが打ち出した平原まつりの新イベントであった。生のバンド演奏。オリジナルの踊り。既存のよさこいソーラン。これを三部構成にして表現した。
事業の名前はどうしようか。様々な案が出てきたが、「夢降夜」これがいい。
満場一致で事業名が決まった。そして第1回「夢降夜」初年度が開催された。
第3章 〜再構築〜
初年度が終わり、さて2年目を立ち上げようと支部の有志に声を掛けた。実は私が担当したのはこの時からである。ところが帰ってきた言葉は「今年は協力できない」。
私がはじめて彼らの声を聞いた言葉である。
何がどうしたのか?まずは彼らの意見を聞きたいが集まってももらえないのではないか。
この言葉には必ず何か意味がある。事務局では危機感を感じていた。
私達事務局は手をこまねいていた。 残こされた手はあの人に相談するしかない。
関口 好文
帯広市の三大まつりを主催する帯広のまつり推進委員会幹事長代行である。帯広のまつりを語る上で欠かすことのできない人物である。若い世代からはまつりの「カリスマ」的存在として知られている。若い世代へ心に届くメッセージを語れるのは代行しかいない。
相談をしたところ帰ってきた答えは「わかった。俺が直接、彼らに話しをしよう」
我々事務局と関口代行は彼ら支部のメンバーが集まる会議に直接出向いた。
そして、彼らに関口代行が話をした。
「お前らがやらなくて誰がやるんだ。帯広のまつりはお前たちにかかっているんだ!!」
静かにそして力強く語るこの言葉の重みははたして彼らに届いたか・・・・。
我々の心配をよそに、関口代行の想いは確実に彼らに届いていた。
そして一人の女性に力を借りることとなる。
永原 美幸
彼女の持っている人を引き付ける力。調整能力は抜群で、この難関を彼女に託しなのである。そして、彼女の声掛けにより、2年目の第1回会議が開催出来たのである。
会議当日、一人一人と増えていく会議室。こんなにも集まってもらえるとは。
そして会議が始まった。まずは永原さんに口火をきってもらい、昨年の反省から話をした。
出てきた意見は大半が事務局、実行委員会に対しての不満だった。
意見の中には感情的なものも多多あったが、言っていることは確かにそのとおりだった。
まずは素直に謝ろう。事務局の進め方、また開催の仕方に対し、お詫びをした。
そして間髪入れずにお願いした。
「夢降夜を成功に導く為に力を貸して下さい。」
この時心底思った。
「彼らには本気で話そう。本気でぶつかろう。そして仲間に入れてもらおう」と
第4章 〜組織構築そして2年目〜

反省の中で最も多かった意見が、「誰が責任者で誰が決めているのかわからない」
それはその通りであった。まずは組織の立あげをしなければならない。
もちろん初代委員長はというと永原委員長となった。関口代行の呼掛けと彼女の声掛けにより集まっていたのは言うまでもないので、全員が永原さんでという意見だった。
副委員長は吉田さん、これは永原委員長ご指名でもあった。

ここで吉田副委員長について・・・・。

吉田 雅人

夢降夜1年目からのメンバー。
彼と話をしていると「まつり好き」はもちろんのこと「地元」十勝・帯広に対しての想いが強い。「まつり」を通じての人間形成や経済状況などを視野に入れる頭脳型まつり人間である。彼を慕う人間は非常に多く、熱い人間である。
ある若者が私に言った「吉田さんは私達にとってはカリスマです。」
将来の関口代行かもしれない。

永原委員長、吉田副委員長をはじめ13名が集まり、ここに「夢降夜運営委員会」が誕生したのである。運営委員会発足時期がまつり開催日に迫っていた為(7月15日発足)昨年の形を継承することとなった。会議に会議を重ねて、中身が決まって行く。昨年よりオリジナリティ色が強くなり、事務局が主導する昨年とは変化し、運営委員会が自ら企画運営することにより、市民参加型を目指す推進委員会の方向性により近づいた。
現在では、この市民参加型が非常に重要視されているが、まさに夢降夜運営委員会はその先駆け的団体であり、成功した例であると胸をはって言える。
この年、これからの夢降夜に欠かすことのできなくなる「パン撒き」「神輿」「黄金穂」の初登場となった。

第5章 〜元年〜

3年目に入ると動きが非常に早くなる。2年目を終了して、数ヶ月。その年に翌年の組織編成をした。永原委員長の後任として、委員全員から熱い期待を背負ったのが類家委員長。
類家委員長は初年度からのメンバーであり、別のイベント(親子運動会)で平原まつりに関わっていた実績もあった。
この年より、副委員長も一人増え、企画部長、総務部長という役割も誕生した。
また、規約を制定するなど、事務レベルの向上も目指した。

ここで、類家委員長、菊地副委員長、松久総務部長について

類家 直人
まつり男の名前がおそらくこの人ほど、あてはまる男はいない。様々な意見を集約し、その意見に対し、自らの理論や意見を乗せて話をする器用さはまさに、委員長として最適な人物である。会議会議で硬くなる組織を、その軽妙なトークと立ち振る舞いで、見事に場を和ますムードメーカーとしての役割もこなす。また、締めるところは締めることのできる男気も兼ね備えている。運営委員会にとって大事な時期を、類家委員長と共に築きあげるのはまさに、将来を見据えた時、確実に必要な抜擢なのである。
新メンバーは類家委員長よりも早く涙を流すことができれば、「合格」といったところか。
菊地 英樹
永原委員長一押しでメンバーに参加。
まさしくご意見番。組織を運営していく中では欠かすことのできない指導力、観察力、行動力は群を抜いている。彼に育てられた人間がこの委員会にも多い。吉田副委員長もその一人であるという。定年制を設けている当委員会規定により1年で最前線からは身を引かれたが、夢降夜に対してはこれからも重要な人物であることに変わりない。
現在は芽室JCの理事長でもあり、将来的には地域の総括役をしているに違いない。
それが市長、町長、議長なのかはわからないが。
松久総務部長 松久 みどり

彼女の素晴らしさはまず名前である。「みどり」なんて素敵な名前だろうか。そして彼女を語るにはこの詩を読めば、彼女の感性の豊かさ、発想力、美しさがすべて見て取れる。

とけかかる 雪にキラキラ 陽の光
かげろうゆれて 緑が芽吹き
ちからが ぐんぐん 湧いてくる
十勝野に 十勝野に 今年も春がやって来た

今や十勝を代表する十勝パノラマソーラン 〜かげトラ〜である。
この素晴らしい詩を書いた人物こそ松久部長なのである。
なるほど「とかち」か・・・・。あなたにはわかっただろうか?

以上の役員達が決定し・・・・・おっとその前にもう一人紹介しなければならない人物がいる。

竹川 暢

第1回からのメンバーであり、「夢降夜」の最古メンバーであり、移り変わってきたこのまつりを最もよく知る人物であり、「夢降夜」はこの人ぬきでは語れない。企画副部長として3年目に突入し、成功に導いた立役者である。職業柄、会議においては実に理論的な発言を展開し、また、委員がやりたいことを実にうまく言葉で表現できる人間である。私達、事務局は何度この人に助けられたか。現在は東京という花の都へ勤務の為行ってしまったが、彼が帯広に戻る時、いかに夢降夜が大きく成長しているか。気を抜くとすぐにでも東京から戻り、「渇」を入れられることは間違いない。竹ちゃん早く戻ってきてね。

と、改めて見てみるとなんと個性のある人間の集まりなのかがよくわかる。
このメンバーで3年目に突入したのである。
委員全員が心の中では3年目ではあるが夢降夜「元年」であった。

第6章 〜まつり〜

平成16年8月某日。真夜中すぎ。菊地副委員長宅にて。ひのき屋さんの「ラッセーラー!ラッセーラ!」という掛け声。その音にあわせている踊り。そして神輿に見事に描かれ、光が照らされた「五穀豊穣」の文字。四連太鼓を叩く音。昔見ていた青森県のねぶたまつりに雰囲気が似ている。まさしく「まつり」であった。
よさこいが縁で集まったメンバー達。しかし、そこには地元への想い、そしてまつりへの想いがその域を越え、ひとつの形となった瞬間であった。感動した瞬間であった。
もちろん第3回目に夢降夜2004は大成功のうちに終了することができた。

彼らの持つ魅力や力は無限大である。まだまだやりたいことはたくさんあるはずだ。
そしてまつりの域を越え、十勝・帯広を盛り上げる起爆剤となってほしいと思っている。

今年はどんな夢を降らせるのか。非常に楽しみである。
十勝の壮大な青い空から沢山の人々に夢を与えてほしい。
そして、自分自身も夢を見てほしい。
そして・・・・おいしいお酒飲もうね。

今現在進行形なので                                      
つづく

作者:斉藤彰宏(夢降夜運営委員会事務局長)

 

Copyright © 2005 yumefuruya All Rights Reserved.
Since january.2005

プライバシー